学芸員だより(第11号)文人芸術の魂―硯とは?
美術編 文人芸術の魂―硯とは?
2025年11月12日
学校の授業や書道教室などで一度は手にしたことのある硯。現在は主に液体の墨汁を硯の墨池(海)と呼ばれる凹みに入れて使用することが多いですが、かつては墨池の手前の平らな部分・墨堂(丘)に水を垂らして固形の墨を磨り、適度な濃度にして文字や画を書いていました。墨堂にはよく見ると凹凸があり、これを鋒鋩(ほうぼう)と呼びます。鋒鋩は粗くても細かすぎても良い墨は磨れないため、鋒鋩が強く、ムラなく密立している硯は優れた硯とされています。
硯の起源は、古代中国とされており、墨を磨るための硯は漢代(紀元前206年~紀元220年)に作られたとされています。宋代には書道の著しい発達に伴い、文人芸術の母体ともいわれる硯は、より一層高く評価されるようになりました。明代には、良質な石が産出されたことにより、石の持つ色味や自然発生した紋様を生かした硯や、巧みな彫刻が施されたものなど、鑑賞用の硯が多く作られるようになりました。形態も様々ですが、硯の多くは石であるため、その採掘・製造には重労働が伴います。切り出した石に下図を書き、大ミノで体重をかけながら大きく削った後、小ミノで細かい部分を削り、粗さの違う石で五段階に分けて研磨します。硯工の熟練度にもよりますが、繊細な彫刻を施すのには三週間程度かかると言います。昨今は古美術として硯の金銭的な価値が取り立たされていますが、優れた硯を生み出す熟達した硯工の経験と技術も注目に値します。
《端石灰蒼色・門字式太史硯》背面
眼は星座に見立てられています
硯の産地は中国各地にありますが、その中でも広東省の端溪硯(タンケイケン)、江西省の歙州硯(キュウジュウケン)、山西省の澄泥硯(チョウデイケン)、甘粛省の桃河緑石硯(トウガリョクセキケン)は「四代名硯」と呼ばれ、実用品としてだけではなく鑑賞用硯としても高く評価されています。
中国硯と一口に言っても石質、色味、紋様は様々で、同じ種類の石でも色味は異なります。端溪硯は、胭脂色(えんじいろ/暗めの赤紫色)を基調色としていますが、産出場所によっては、青紫色や、天青色、灰蒼色(青みがかった灰色)など、色彩豊かです。また、自然発生の模様を持つ硯もあり、端溪硯に多く見られる鳥の目に似た黄色く(中には碧、緑色もある)丸い紋様は眼(ガン)と呼び、デザインの一部として生かされています。
「硯展-大陸の硯に魅せられて」 展示風景
石質によっては彫刻に向いているものもあり、硯全面に浅彫りで彫られた硯や《緑端・横行介士硯》のように立体的な彫刻が際立つ硯もあります。また、朝鮮半島の石からなる《渭原石・月日豊饒硯》は、立体的で精緻な彫りが印象的です。この渭原石(イゲンセキ)は緑と紫の二層からなっています。表層の部分は緑がかっていて、深く彫られた部分は紫がかっており、細かく彫られた造形がより引き立っています。
《緑端・横行介士硯》 部分
蟹の造形が立体的で生き生きとしており今にも動き出しそうです
《渭原石・日月豊饒硯》
繊細な彫刻が目を惹きます
11月1日(土曜日)から11月29日(土曜日)まで開催の「硯展―大陸の硯に魅せられて~山口歓一氏 硯コレクションより~」では、東海村出身の書家故山口歓一氏が長年集められた中国硯を中心に、石の色、紋様、彫刻に焦点を当てた16点を紹介しています。
秋深まる静かなこの季節に、古より文人が大切にしてきた硯に触れてみてはいかがでしょうか。
『硯展』大陸の硯に魅せられて~山口歓一氏 硯コレクションより~
(佐々木)
参考文献
- 窪田一郎(1977)『硯の知識と鑑賞』 二玄社
- 楠文夫(1998)『中国の硯 硯臺[イエンタイ]』 美術出版社
- 比田井和子(2009)『筆墨硯紙事典』 天来書院
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更新日:2025年11月12日