学芸員だより(第17号)ヒスイを手にした東海村の縄文人
ヒスイを手にした東海村の縄文人
2026年5月14日
(写真1)新潟県糸魚川産ヒスイ原石
皆さんは5月の誕生石をご存知でしょうか。誕生石とは、生まれた月ごとに決められた宝石のことで、昭和33年(1958)に全国宝石卸商協同組合が制定し、令和3年(2021)には内容が改訂され、現在は29種類の鉱物が誕生石となっています。誕生石の種類は国によって若干異なりますが、生まれた月の石を身につけると幸運が訪れると信じられています。では、今月(5月)の誕生石はと言うと、エメラルドとヒスイ(翡翠)です。いずれも良く知られた宝石ですが、今回の学芸員だよりでは東海村との関わりがあるヒスイについてお話しします。
一般的にヒスイと呼ばれる石は、ヒスイ輝石という鉱物が集合してできたヒスイ輝石岩のことです(写真1)。有名な産地には新潟県の糸魚川・青海地域が知られていますが、その他にも北海道から九州まで約10カ所の地域からヒスイが見つかっています。ヒスイと聞くと、緑色の石をイメージされる方も多いかもしれませんが、糸魚川・青海地域では緑色以外にも白色、黒色、薄紫色、青色など様々な色のヒスイが見られます。実は純粋なヒスイ輝石は無色透明であるため、こうした色の原因や違いについてはその他の構成鉱物や含まれる元素によるものとされており、例えば緑色はオンファス輝石という鉱物に由来することが分かっています。
平成28年(2016)には日本鉱物科学会が国石に選定し、ヒスイは我が国を象徴する石となりました。愛石家の間での人気も非常に高く、ヒスイを求めて新潟県や富山県の海岸に集まる人々の姿を目にした方もいるのではないでしょうか。現代人にとって身近な石となっているヒスイですが、石材利用の歴史は縄文時代まで遡り、続く弥生・古墳時代にも玉類に利用されました。その後、ヒスイの利用は奈良時代を最後に一度途絶えてしまいますが、大昔から人々の注目を集めた特別な石であったことが分かります。
ところで、縄文時代の代表的な装身具にヒスイ(硬玉)製大珠があります。その出土例は日本列島のほぼ全域に及び、主に縄文時代中期の大規模な集落跡から見つかっています。大珠の形には細長い楕円形のものや扁平な半月形のものなどがあり、中央に紐を通すための孔があけられ、首飾りのようにして使われたと考えられています。ヒスイの産地は国内に複数存在していますが、縄文時代に利用されたヒスイは糸魚川・青海産に限られているようです。糸魚川周辺ではヒスイ原石の採取や加工が行われた生産遺跡が発見されており、ここで一次加工が行われたものが交易品として流通したと考えられています。
(写真2)堀米A遺跡出土ヒスイ製大珠
実は東海村からも5点のヒスイ製大珠が出土しています(写真2)。大珠が出土した堀米A遺跡は村南部(大字照沼地内)に位置し、村立照沼小学校建設事業に伴って平成22年(2010)から24年(2012)にかけて4次にわたり発掘調査されました。調査の結果、遺跡の中央に広場・墓域があり、その周囲を取り囲むように貯蔵穴域と居住域が広がる縄文時代中期の大規模な環状集落であることが分かりました。
堀米A遺跡出土のヒスイ製大珠は、5点のうち4点が集落中央に形成された墓域の土坑から、残る1点が埋没谷から出土しています。茨城県内の出土数としては、常陸大宮市・坪井上遺跡例(8点)に次ぐ数であり、全てが発掘調査により出土地が明確であることが注目されます。ヒスイ製大珠は墓域を形成する全ての土坑から出土しているわけではないため、特定の立場や地位にあった人物が身につけた装身具であったことが伺えます。令和4年(2022)には県指定文化財となり、指定に先立って行われた蛍光X線分析ではその産地候補に糸魚川が挙がり、原産地と県北地域における縄文時代の交易ルートを考えるための重要な資料となりました。
縄文時代にも一大ブームを巻き起こした宝石、ヒスイ。縄文人は何故この石を求め、そしてこの石にどのような想いを抱いたのでしょうか。堀米A遺跡出土のヒスイ製大珠は歴史と未来の交流館(展示室2)にて常時展示しています。当館にお越しの際は是非、東海村の縄文人の心を鷲掴みにしたであろう緑の宝石に想いを馳せてみてください。
ちなみに、石好きな筆者は縄文人に負けないくらいヒスイに夢中です。「糸魚川に行きたい!!」と思う今日この頃です。
(中泉 雄太)
参考文献
- 淺間陽他 2013『堀米A遺跡(第3・4次調査)』、東海村教育委員会。
- 大橋生 2012『堀米A遺跡(第1次調査)』、東海村教育委員会。
- 栗島義明 2020「装身具分布を支えた交易~ヒスイ製大珠とオオツタノハ製貝輪の流通~」『Jomon Period―縄文の美と技、成熟する社会―』、茨城県立歴史館。
- 河野一也他 2012『堀米A遺跡(第2次調査)』、東海村教育委員会。
- 小林達雄 2003「縄文ネットワークと翡翠」『ヒスイ文化フォーラム“2003”花開くヒスイ文化―縄文時代におけるヒスイとその広がり―』、ヒスイ文化フォーラム委員会。
- 全国宝石卸商協同組合(https://zho.or.jp/news/566/)
- 西本昌司 2021『観察を楽しむ 特徴がわかる 岩石図鑑』、ナツメ社。
- 宮島宏 2003「ひすいを科学する」『ヒスイ文化フォーラム“2003”花開くヒスイ文化―縄文時代におけるヒスイとその広がり―』、ヒスイ文化フォーラム委員会。
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更新日:2026年05月14日