学芸員だより(第16号)謎多き春の大祭「ヤンサマチ」の痕跡

更新日:2026年04月10日

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謎多き春の大祭「ヤンサマチ」の痕跡

2026年4月10日

桜も開花し、あちこちに花が咲き、緑も柔らかな季節になってきました。まさに、「春」ですね。「春」と聞くと皆さんは何を思い浮かべますか?卒業や入学、新生活やお花見や桜など、色々と思い浮かぶかもしれません。では、今から100年ほど前の人々に聞いてみたら、何と答えたでしょうか?もしかしたら、ある祭りの名を答えたかもしれません。

その祭りとは「ヤンサマチ」です。

ヤンサマチとは、旧暦3月7日を中心に行われた壮大な春の祭りで、基本的には神輿渡御の浜降り神事と競馬神事の構成になっています。「浜降り」とは、神社の神輿(みこし)が浜や磯に行くことをいいます。ヤンサマチの浜降り神事の出発地点となるのが静神社(那珂市)です。静神社では神輿を担ぎ阿字ヶ浦まで下りて酒列磯前神社へ向かいます。それに伴って道筋の村々でも神社の神輿が村の若者たちに担がれて次々と海の方へ向かいます。浜降り神事がいつ頃から行われているのかは定かではありませんが、かつては、那珂郡内33ヵ村とも48ヵ村ともいわれる村の神社の神輿が若者たちに担がれ「ヤンサ、コラサ」の掛け声のもと、ひたちなか市の磯崎海岸に浜降りしてきたそうです。一説には、その掛け声から「ヤンサマチ」や「ヤンサマツリ」と呼ばれるようになったといいます。

 

さて、東海村村松にある大神宮は、ヤンサマチでは大きな役割を果たしていました。最初に到着する静神社の神輿は酒列磯前神社の前を通り海岸へ降り、磯にある護摩壇石の前にて祝詞を受けます。そして最後に到着する大神宮の神輿が酒列磯前神社に着くと、合図の花火が上がります。そうすると、村松から六頭の馬による競馬がスタートするのです。競馬のコースは村松から磯崎までの約8.8km。六頭の馬は大勢の見物人がひしめき合う中を駆け抜け酒列磯前神社の坂下にある鉾突場へ向かいます。ゴールに到着すると、馬の騎手が手にした鉾をこの場に突き刺し、一説には一着なら豊年満作、二着は浜大漁、三着は家内安全・子孫長久等と伝わります。

阿字ヶ浦に集まった競馬見物の群衆

阿字ヶ浦に集まった競馬見物の群衆(『東海村史民俗編』より引用)

 

さて、最近、東海村村松の押延区にて、大正から昭和初期の区内の雑費等を記入した帳面が入っている箱が見つかりました。その中の一つに、「昭和四年三月七日 鎮守祭典諸入費控帳」がありました。この三月七日※1の鎮守祭こそ、壮大な春の祭り「ヤンサマチ」です。中を見ると、宿、正木(真崎)、押延、川根での、神輿や旗持の人数、氏子の話し合いの場である「大相談」の経費等が記載されています。大神宮の氏子圏は、照沼村・村松村(宿・真崎・押延・川根)とひたちなか市の長砂村、高野村、足崎村です。よってこの「神輿」とは大神宮の神輿であり、この史料は村松村におけるヤンサマチの実態を記した貴重な資料と言えます。

※1 箱内の他の資料には旧三月七日と記載しており、この資料も旧暦と考える。

 

昭和四年三月七日鎮守祭典諸入費控帳

昭和四年三月七日鎮守祭典諸入費控帳

 

現在、ヤンサマチは行われていません。この史料に記載された昭和四年(旧)三月七日が最後となったのです。

現在海岸線も変わり、常陸那珂港もでき、村松から磯崎まで競馬をすることはできなくなりました。しかし、今から100年ほど前を想像すると、各村々の人々が熱狂的に神輿を担ぎながら海へ向かい、そしてそれを見物する人々や応援する人々で道中が溢れかえり、そして最後には海岸を駆け抜ける競馬で盛り上がりがピークに達する、そんな春の光景が目に浮かぶようです。

さて、昭和4年旧3月7日が最後となったヤンサマチですが、その後の押延区の雑費控帳を見ると、帳面作成の日はほぼすべてが旧3月7日になっています。この日が人々にとっては1年の区切りという認識であり、その認識はヤンサマチをやらなくなっても継続していたのかもしれません。

ヤンサマチは村域を超えた那珂郡内の壮大な祭りであるにも関わらず、その実態は分かっていないことも数多くあります。今後、各地区に残された史料を丹念に見ていくことで、分かってくることがあるのではないかと思います。

(林 恵子)

 

参考文献

  • 東海村史編纂委員会編『東海村史 民俗編』平成4年、東海村
  • 東海村史編纂委員会編『溯源東海 第4号』平成2年、東海村
  • 茨城県神社庁編『茨城の神事』平成元年、茨城新聞社
  • 勝田市史編さん委員会『勝田市史 民俗編』昭和50年、勝田市

 

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