学芸員だより(第15号)押し葉標本(おし葉標本・腊葉標本)の大切さ
押し葉標本(おし葉標本・腊葉標本)の大切さ
2026年3月10日
1. はじめに
植物に興味をもった人は誰でも押し葉標本をつくったことがあるのではないでしょうか。
押し葉標本の創始者はイタリアの本草学者ルカ・ギー二(1490~1556年)と考えられています。また、現存する最古の標本は、彼の弟子ゲラルド・ツィボーのものであり、1530年頃に収集を始めています。
日本では伊藤圭介の師である水谷豊文は押し葉標本ではないが、魚拓に似た植物の印葉図を作りました。伊藤圭介や宇田川榕菴はシーボルトに会った後、植物採集に出かけ、押し葉標本を作ったそうです(文政年間1818~1831年)。国立科学博物館には伊藤圭介が作成した押し葉標本が保管されています。
おし葉標本の歴史、ハーバリウム、日本の植物研究の歴史などについては日本植物研究の歴史 小石川植物園三百年の歩み(大場秀章,1996年,東京大学出版会)に詳しい解説があります。
現在でも世界中の研究者や植物に関心のある人は押し葉標本を作り続けています。今回は押し葉標本作成に関するいくつかの話題を紹介します。
2. 押し葉作成の手引き書
手引書は明治、大正、昭和初期に多数出版されています。当時の学校現場では博物学が重んじられ、動植物の標本作成手引き書が続々と出版されました。この中で牧野富太郎博士は3冊も著していますが、「趣味の植物採集」(1935年)は今でも押し葉標本作成のバイブルとなっています。
そこで、主な手引き書を発行年順にまとめてみました。
・標本乾腊法(伊藤圭介,1875年)
植物標本製作方法についてまとめたもので、日本最初のものと考えられています。(図1)
アルコール付け標本の作り方や押し葉標本の作り方などが書かれています。牧野富太郎博士の『趣味の植物採集』には現代語訳が掲載されています。
(図1)
伊藤圭介 原稿 ほか『草木乾[セキ]法』,出版者不明,1875. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2543085 (参照 2026-02-07)
・最近植物採集法(篠崎信四郎,1880年,成美堂)
著者は篠崎信四郎とありますが、牧野富太郎博士が校正しています。(図2,3)我国に於ける植物採集沿革、植物学と植物採集、社会と植物採集、植物採集法、採集植物処理法、植物記載的分類学の自修など、独創的なタイトルの項目が参考になります。
(図2)最近植物採集法
(図3)本文
・動植物採集標本製作法(岩川友太郎,1884年,普及舎)
・農用動植物標本採集(青柳光次郎,1897年,東京農業社)
・植物採集法(栗本榮之亟,1902年,東洋社)
・植物採集保存法(池田米太郎,1903年,矢島誠心堂書店)…標本作成方法よりも植物分類学について詳しく解説しています。
・続野外植物の研究(博物学研究会(校訂者 牧野富太郎,1907年,積文社)
・小学適用博物標本製作・採集・保存法(竹重隣一,1908年,實文館)
・日曜の植物採集(池田米太郎,1910年,博文館)
・自習植物採集と標本の作り方(1912年,以文館編輯所,以文館)…植物標本の作成方法を解説。
・植物採集標品製作整理貯藏法(牧野富太郎,1913年,大日本博物會)…牧野富太郎博士は数冊の手引き書を執筆しているが、これはその第一冊目と思われます。
・植物採集及葉製作法(興風社編輯所編纂,1913年,興風社)
・植物ノ採集ト標品ノ製作整理(牧野富太郎 1923年,中興館)…1913年発行の植物採集標品製作整理貯藏法とほぼ同じ内容で、発行所が異なっています。
・野外植物標本の作り方(深山 晃,1933年,日東書院)
・少年文庫植物採集と標本の作り方(西島樂峰,1933年,春陽堂)…タイトルにあるように青少年向けに発行されました。標本作成の歴史では外国人による日本の植物研究の歴史の部分は参考になります。
・趣味の植物採集(牧野富太郎,1935年 ,三省堂)
タイトルは「趣味の植物採集」となっていますが、内容は研究者や専門家向けです。標本作成のバイブル。採集用具はもちろん、牧野博士の採集会のスナッブがあり、当時の採集会の盛況ぶりがわかります。(図4,5)
(図4)植物の採集と標本の製作
(図5)本文
・植物の採集と標本の製作(本田正次・久内清孝,1937年 ,内田老鶴圃)
観察会のスナップや胴乱や野冊などの採集用具の写真が圧巻。(図6~8)
(図6)植物の採集と標本の製作
(図7)本文
(図8)本文
・動植物採集案内(鏑木外岐雄・本田正次,1952年,旺文社)
動物標本と植物標本について解説。植物については、採集の目的、採集道具、採集時期、採集方法、標本の整理などを解説。(図9,10)
(図9)動植物採集案内
(図10)本文
特に以下の植物採集かぞえ歌は植物採集の本質を表しています。
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一つとやァ 人にたよっちゃ おぼえない おぼえない 何でも自分で採るものぞ 採るものぞ 二つとやァ 太いも細いも木の皮は 木の皮は 折らずに鋏で切るがよい 切るがよい 三つとやァ 見つけた植物まず採って まず採って あとにもあるなど思うなよ 思うなよ 四つとやァ よくして採れよ胴乱の 胴乱の 中みは多いが しおれない しおれない 五つとやァ 一度は採った植物も 植物も所がかわれば また採れよ 六つとやァ 無理して遠くへ出かけるな 出かけるな 植物採集は近くから 近くから 七つとやァ なるべく草には根をつけて 根をつけて 立派な標本作りましょう 八つとやァ 野冊の中には散りやすい 散りやすい 花あるものをはさむもの 九つとやァ 子供の時からおぼえたる おぼえたる 草木の名前は忘れない 忘れない 十をとやァ 採って集めた植物は 植物は おし葉につくって保存せよ 保存せよ |
・植物の採集と標本のつくり方(本田正次・矢野 佐,1977年,ニューサイエンス社)
ポケット版の手引き書で使いやすい。(図11,12)
(図11)植物の採集と標本のつくり方
(図12)本文
・植物標本の作り方(国立科学博物館植物研究部,2000年,科学博物館後援会)
・標本学自然史標本の収集と管理(国立科学博物館,2003年,東海大学出版会)
3. 学会誌などで紹介されている標本作成と保存方法の論文
・植物のおし葉標本を半日で作る方法(前川文夫,1949年,植物研究雑誌 28:61)
・植物の採集と標本の作り方1 維管束植物(関 太郎・広藤繁美,1979年,広島大学生物学会誌45:39-42)
・植物の採集と標本の作り方2 標本の小型化と特殊標本(関 太郎・広藤繁美,1980年, 広島大学生物学会誌 46:27-30)
・植物分類学研究マニュアル1 採集と押し葉(腊葉)標本作成(黒崎史平・岡田 博,2013年,Bunrui 13:143−148)
・標本ラベルと保管,標本室の利用 植物分類学マニュアル2(秋山 忍,2013年,Bunrui 13:149-152)
・A4サイズの上質紙に貼った腊葉(さくよう)標本の活用(犀川政稔,2013年,東京学芸大学紀要 自然科学 65:85-97)
・自然史標本の価値と情報をすべての人に(高野温子,2020年,日本生態学会誌 70:129-133)
・標本台紙に適した洋紙についての検討(田中伸幸・大西 亘・島田 要・野田弘之,沓名貴彦,2022年,J. Jpn. Bot. 97:340–346)
・日本全国にある押し葉標本の保全上の課題と,災害時の相互救援について(鈴木まほろ,2022年,Microb.Resour.Syst 38:85-87)
・沈水植物標本の作り方および理科教育に向けたその利用可能性(須藤 将・内藤芳香,鈴井朋弘・志賀 隆,2022年,新潟大学教育学部研究紀要 14:123-133)
4. 現在は
押し葉標本の作成には、フィールドでの植物採集、挟む、乾燥、保存、台紙に貼るなどの作業があります。特に新聞紙(吸取紙)を交換しながらの乾燥には時間がかかりました。同時に湿った新聞紙を乾燥させる作業は基本的に天日干しなので、天候に左右されることもありました。
現在は標本乾燥器と標本貼付器が普及し、押し葉標本の作成の労力は大幅に軽減されました。
今回は標本乾燥器と標本貼付器を紹介します。どちらも一生使える優れものです。
(図13)永田式植物標本製作器
(1)標本乾燥器
・永田式植物標本製作器
永田式植物標本製作器はジュラルミンの箱の中にひよこ電球を2個設置し、ひよこ電球の熱で植物を乾燥させる道具です。吸い取り紙交換の手間が省け、2日ぐらいで乾燥が完了します。
神奈川県値物誌調査会ニュースNo.9(1981年)に「永田式植物標本製作器」の詳細が紹介されています。この記事によれば1960年頃の発売で、価格は五万円とかなり高額ですが全国に普及しました。現在でも多くの研究者や専門家が利用しています。まさに一生ものです。 (図13)
(2)布団乾燥機
布団乾燥機の利用は宿泊を伴う植物調査の際に、宿泊先で標本作成したいという要望から考えられました。古くは、布団乾燥機を利用したおしば標本の作成(1985年,土屋 守,レポート日本の植物25)に設計図が示されています。
「浅間植物調査事務所のホームページ」http://asamasuge.o.oo7.jp/index.html (2025年3月参照)にはその様子が詳しく紹介されています。
(3)箱と布団乾燥機の組み合わせ
現在は布団乾燥機とボックスを組み合わせた自作の標本乾燥器を使用しています。ボックスは大きめに作ってあり、標本と吸い取り紙が同時に乾燥できます。(図14)
(図14)自作の乾燥器(左:標本、右:ふとん乾燥機)
(4)標本貼付器
標本貼付器はラミントンテープと本体のセットで昭和49年頃に、双葉製作所から発売されました。植物研究雑誌(1974年,49:89-93)に金井弘夫博士が「おしば標本の新らしい貼付法」というタイトルで詳しい解説をしています。
ラミントンテープは植物標本を作成する際に使用される特殊なテープです。このテープは、熱を加えることで裏面の糊が溶け、植物を台紙にしっかりと固定するために使用します。(図15~17)
(図15)標本貼付器
(図16)ラミントンテープ
(図17)ラミントンテープの入った箱
標本貼付器は発売以来、相当の年数が経過していますが、今でも全国の研究機関、博物館、大学、地方の植物研究者が利用しています。
従来、標本を貼るテープは糊アラビアゴムを使用していました。アラビアゴムをお湯で溶かし、B5サイズの西洋紙に塗って乾燥させ、標本を貼る箇所に応じてこの紙をハサミで切り、水につけて貼っていました。
この標本貼付器が販売されるまでには以下のように金井弘夫博士の数々のアイデアが基礎になっています。以下に主な報告をまとめてみました。
1964年,おし葉製作法の改良,梱物研究雑誌39:12
1966年,携帯用植物乾燥器について,植物研究雑誌41: 86-88
1972年,ヒートシールによる標本貼付,植物研究雑誌47:120-121
1974年,おし葉標本の新しい貼付法,植物研究雑誌49:89-93
1974年,新しいおしば貼付用具ラミントンについて,植物採集ニュース75:35-36
1979年,1980年,誰でも利用できる標本のために,野草1~5 46:25-27(1979年),46:39-41(1979年),46:57(1979年),46:89-90(1979年),47:8-9(1980年)
1985年,おしばを貼るはなし,国立科学博物館ニュース198:3-4
1998年,おしば標本貼り付け用ヒートシールテープの自作法,植物研究雑誌73:52-53
2009年,おしば標本貼付用ラミントンテープの復活,植物研究雑誌84:126
5. 新聞の危機
日本新聞協会(2023年)が公表した最新データによると一般紙の総発行部数は3000万部から約2800万部まで落ち込んだそうです。平均すると毎年200万部ずつ減っている計算になります。今後もこのペースが続けば、15年後には紙の新聞は日本から消えてしまうそうです。にわかには信じられませんが、押し葉標本を作る立場からすると切実な問題です。もし、新聞紙がなくなれば押し葉標本の作成は困難になるからです。
最近、植物標本を挟んでおいた新聞紙は学術資料の価値があり、廃棄せずに保存する価値があることが提唱されています。詳しくは東京大学コレクションXVIII プロパガンダ1904-45 新聞紙・新聞誌・新聞史(2004年,東京大学出版会)に記述されています。
(博物館長 安嶋 隆)
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更新日:2026年03月10日