学芸員だより(第8号)戦争と公文書-戦後80年によせて-

更新日:2025年08月09日

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戦争と公文書-戦後80年によせて-

2025年8月9日

令和7(2025)年8月15日で、終戦から80年を迎えます。

各地の博物館で企画展が開催されています。先日、東海村古文書調査隊(歴史と未来の交流館にて、交流館学芸員と村民15名ほどで歴史学調査を行うグループ)にて調査活動をしていたところ、掲載画像の史料が出てきました。

史料

 

村内の旧家に残された史料で、昭和22年7月、終戦から2年ほどが経過した時期に作成された葬送関係の帳簿です。「金弐拾圓(20円) 水戸 市原…(名前)」といったように、御榊料を納めた人の名前と納付額、そして儀礼で使用された経費が記されています。東海村の歴史を考える上では、納付者の情報から、隣接する日立市や日立製作所との関係性もうかがえる史料として興味深いものですが、今回注目したい点は、裏紙として使用されていた元の文書です。

裏面の元の文書は赤色の罫紙が使われています。罫紙の真ん中にある版心には「茨城県那珂郡村松村役場」と書かれています。つまり、東海村に合併する前の村松村役場で使われていた公文書です。書かれた文面は下記のとおりです。

 

村松村役場公文書の文面

 

内容は、戦時中の招集や徴発に関する村松村役場の業務書の一部です。戦時中は、兵士を集める「招集」、食糧や金属を集めたり、土木作業員を集めたりする「徴発」について、軍から警察署を経由して村役場へ伝達がありました。村役場は「兵事係」を設けて業務にあたっていました。兵事係は、兵事主任の下にさらに係に分かれて業務にあたっていました。上記の史料は、記録係の業務について書かれています。

この史料を所蔵していた家の方は、村松村役場の職員として勤めていました。戦時中に兵事係として勤務していた可能性が指摘できます。また、この業務書は機密文書であり、戦争直後に焼却対象であったと考えられます。公文書にもかかわらず、家に持って帰ってしまい私文書の中に入っていることについて、次のような事情が考えられます。

 

多くの戦争関係の公文書は、他の機密文書と同様に戦争直後、焼却するようにとの指示が軍から警察署をとおして、戦争責任を回避するために焼却処分の指示が出されていました。ただし、機密文書を含めた戦争関係の公文書が廃棄された事例は、戦争直後だけではありませんでした。戦時中に国家総動員法により行政の仕事量が増大化したため簡素化が求められるようになりました。昭和19年に閣議決定された「決戦非常措置要綱」で、積極的な物資の活用が定められて、町村役場も物資供出や再利用、売却を行いました。公文書や公文書を収納する金属製の棚なども、廃棄や売却、供出の対象となりました。文書取扱規程も改正され、公文書の保存期間短縮や保存期間に関わらず部課長の判断で廃棄が可能となりました。また、戦後は戦時中の文書を「不要」と判断し大量廃棄しました。つまり、上記の公文書は多くの市町村で廃棄されてしまった史料です。

このような歴史的な背景を鑑みると、役場の職員がいたずらに公文書を家に持って帰ってきてしまったのではなく、私文書の裏紙として使われたこの公文書も、役場として廃棄されて村民として再利用したものといえるのでしょう。

 

災害時のマニュアルなど、公務員としてはすべきことが書かれた業務書があることで迅速に、漏れなく業務を進めることが可能になります。また、経験をふまえて業務書を加筆修正して洗練化していくものです。逆に言えば、業務書がなくなってしまうと、何も情報がない所から業務を進めて行かなければならず、とても非効率的になります。

戦時中・戦争直後に廃棄された公文書の多くは、本来「機密」つまり広く公表すべきでない大切な情報であるだけでなく、「永年保存」つまり何年経っても廃棄してはいけない文書でした。さらにいえば、戦争直後に村役場などで廃棄された公文書のほとんどは「戦争犯罪」と結びつかないものでした。廃棄する必要がなかったのです。

 

このような歴史のなかで、裏紙として登場した「招集徴発実施業務書」は歴史資料として戦争中の役場業務を伝えています。また、廃棄された公文書が再利用され継承されました。ここから、戦争犯罪に関係ない公文書を機械的に焼却してしまったこと、機密文書や永年保存文書が廃棄されていたこと、公文書と住民の関係性への考慮がないことなど、現代に通じる行政的問題を考えさせる「廃棄文書=歴史史料」になりました。

(髙増 慧)

 

参考文献

  • 橋本陽「町村役場における兵事係の記録管理 大郷村兵事係文書を事例として」(GCAS Report Vol.1 2012)
  • 加藤聖文「喪われた記録-戦時下の公文書廃棄-」(『国文学研究資料館紀要 アーカイブズ研究篇』第1号,2005年)
  • 加藤聖文「敗戦時における公文書焼却の再検討-機密文書と兵事関係文書-」(『国文学研究資料館紀要 アーカイブズ研究篇』第15号,2019年)
  • 渡邉佳子『日本における戦前期統治機構の文書管理の基礎的研究-近代的アーカイブズ制度成立の歴史的前提-』(学習院大学大学院人文科学研究科 アーカイブズ学専攻 博士後期課程 学位論文,2018年)

 

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